クチムラサキダカラ(1)
和歌山県・串本の打上貝

真野 進
(2002.03.16)

日本近海産貝類図鑑によると本邦には、クチムラサキダカラ(carnrola carneola Linnaeus, 1758)、ヒメクチムラサキダカラ(carneola propinqua (Garret, 1879)、ハワイクチムラサキダカラ(leviathan Schilder & Schilder, 1937)が棲息するという。又、これら3種の内、後の2種は小笠原諸島で棲息とあり、他の地域ではクチムラサキダカラ1種となる。
 しかし、これらの3種を見分けることは容易ではなく、それぞれの種の特徴とされる形態、色彩の違いも素人目には個体変異の範囲内のように思われる。
今回、和歌山県・串本で打上貝を拾うことが出来たので、殻の計測を行った。

方法

結果及び考察

写真1 背面
打上貝で有る為、色彩等は参考にならない。
写真2 腹面
写真3 縦断面(Sadital section)
クチムラサキの名の通り、歯が紫色に彩色されているのが良く分かる。
又、背面の彩色が殻の表面に限定されていることが分かる。
特に、軸唇歯が良く発達しているのがこの種の特徴の一つである。
写真4 横断面(Cross section)
横断面には特に変わった特徴はなく、ハナマルユキなどで見られるような辺縁成貝層の沈着も見られない。
ハワイクチムラサキダカラでは、この辺が少し違うのかも知れない。

測定した結果                      

殻長 :
(size)
殻長は、最大52.1mm、最小18.6mm、平均31.5mm、標準偏差4.34であった。
最大個体の52.1mmは、1個体だけ飛び抜けて大きく、正規分布から逸脱している。
しかし、このような現象は他の種でもよく観察されることで特に異常とは言えない。
 平均31.5mmという大きさも、Lorenzの示すsize rangeの中間的な値であった。
伸長度:
(L/W)
伸長度 最小1.46、 最大1.76、平均1.63、標準偏差0.059で、メダカラ等に較べ平均値は同等だが変異の幅が大きい。
扁平度:
(H/W)
最小0.78、最大0.91、平均0.85、標準偏差0.023であった。この値は、メダカラなどに較べると明らかに大きく、背が盛り上がる形状であることを示している。
内唇歯:
(columellar teeth)
最少 17個、最多 26個、平均 22.5個であった。
この値もメダカラに較べ明らかに多く、歯が細かく付いている印象を与える。
外唇歯:
(labral teeth)
最少 18個、最多 28個、平均 23.3個であった。
この値も、内唇歯と同じ傾向である。

あとがき

今回、串本の海岸で思いがけなく130個の打上殻を拾うことが出来ました。三浦、房総では年間でも数個しか拾えないことから見るとその棲息環境の違いが分かります。
 始めにも書きましたが、クチムラサキダカラの仲間は細かく分類されており、日本にもその内三種が棲息するとされています。近海産ではその内の二種は小笠原諸島のみの記載となっていますが、最近各地でハワイクチムラサキが採集されたとの未発表報告もあります。しかし、ハワイクチムラサキダカラの特徴とされる辺縁の粒状の瘤は老成による変化とも考えられますし、ヒメクチムラサキダカラ(ニセクチムラサキダカラ 肥後・後藤 1994)の側面の張り出し、歯の紫色が淡いなどの特徴も個体変異の範囲内のように感じられます。今回使用した標本は全て打上殻であった為、上記のような点の解明への手がかりも掴めませんでした。
 ただ、外套膜の小突起の形状が異なるとの記載もあり、是非生体の採集を試みたいと思っています。